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映画「家族を想うとき」に見るシェアエコの恐るべき実態

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遅くなりましたが令和2年初投稿となります。

最近投稿の頻度が落ちてしまっていますが、東京オリンピックもありますし(?)一念発起して今年はもっと投稿できるようにがんばりますので、みなさま宜しくお願い申し上げます! m(_ _)m

 

さて、令和2年初投稿はなんと映画の感想です。めずらしい!

普段はそれほど映画を観ないのですが、今回はなんと元日に映画館で観てきたこちらの映画がとても面白く、一人でも多くの人に見ていただきたいと思ってレビューを投稿します。

その映画とはこちら。

 

ケン・ローチ監督作「家族を想うとき」です。


「家族を想うとき」というタイトルからすると感動ドラマかと思われそうですが・・・全然違います! (笑)

かなり社会派のドラマで、感動モノというよりも「最後まで報われない家族」の物語です。本当に最後まで報われないのである意味映画を観たあとも非常にもやっとします。でも、とても考えさせられるドラマです。

 

以下ネタバレを含みますのでご注意ください!

 

[目次]

 

 

あらすじ

ではさらっと、公式HPからあらすじを抜粋します。

舞台はイギリスのニューカッスル。ターナー家の父リッキーはフランチャイズの宅配ドライバーとして独立。母のアビーはパートタイムの介護福祉士として1日中働いている。家族を幸せにするはずの仕事が家族との時間を奪っていき、高校生の長男セブと小学生の娘のライザ・ジェーンは寂しい想いを募らせてゆく。

(中略)

個人事業主とは名ばかりで、理不尽なシステムによる過酷な労働条件に振り回されながら、家族のために働き続ける父。そんな父を少しでも支えようと互いを思いやり懸命に生き抜く母と子供たち。日本でも日々取り上げられている労働問題と重なり、観る者は現代社会が失いつつある家族の美しくも力強い絆に、激しく胸を揺さぶられるだろう。

 勘の良い方はピンと来たと思いますが、これはウー◯ーに代表されるシェアリングエコノミーで生計を立てる家族の悲痛な物語です。

主人公でもある父親リッキーは元々建築業界で正社員として働いていました。それが2008年の金融危機により会社が倒産。その後さまざまな仕事を転々としていたのですが、なかなか馴染めず遂に友人の紹介で◯ーバーのような運送会社に就職します。

「これからは人に使われるのではない。個人事業主として独立して生計を立てていくんだ!」と言えば聞こえは良いのですが、実態は過剰労働で生活は不安定。休みもなく働かされて収入も激減し、家族もバラバラになっていく・・・という物語です。

 

「個人事業主」とは名ばかりの恐ろしい実態

主人公リッキーが運送会社と契約を結ぶ時からすでに罠が仕掛けられているのですが、その会社経営者から「うちの社員として雇うのではない。あくまでお前は個人事業主で、うちとは業務契約を行うだけだ。」というようなことを言われます。

最近は日本でも「副業のすすめ」みたいな本が流行っていて、「雇われ従業員を辞めて個人事業主として独立しよう!」みたいなタイトルの本がよく書店に並べられています。この経営者が言っているのも同じようなことです。しかし、個人事業主というのは名ばかりで、実際には

 

・運送業を行うための車は自分で準備しなければならない。当然自動車保険も自腹。

・運送中に事故や事件に巻き込まれても自己責任で対処。

・「働いた分だけ収入になる」という触れ込みだが、実態は労働基準法違反の安い報酬で一日中働かなければ、満足な収入が得られない。

・社員ではなく業務を発注/受注する関係であるため、仕事を断ったら違約金が発生する

 

など、本来「雇用主と社員」の関係であれば、雇用主が持たなければならない責任をすべて労働者側に押し付ける関係となっているのです。

 

これは映画の中の話ではない

実際、これは映画の中だけの話ではありません。現実の世界で起こっていることでもあります。

例えば、最近日本でも徐々に勢力を拡大しているウーバーではこんな記事が取り上げられていました。

サンフランシスコ(CNN Business) 米配車サービス大手のウーバーが5日に公表した安全性に関する報告書で、2017~18年にかけて報告された性的暴行被害が5981件に上っていたことを明らかにした。

このうち464件はレイプ被害だった。

ウーバーをめぐっては、CNNの調査報道で昨年、それまでの4年間で米国内の運転手少なくとも103人が、乗客に対する性的暴行などの罪に問われていたことが判明した。運転手は逮捕されたり警察に指名手配されたり、民事訴訟を起こされたりしている。

ウーバーに雇われた側が暴行被害に遭うこともあれば、逆に客に暴行被害を加えることもある・・・。本来であれば「安全管理」雇用者が持つべき責任です。しかし、何事も管理するにはお金がかかります。シェアリングエコノミーというのは、そのような管理に掛かるお金を極限まで削ることで、利益を絞り出すビジネスモデルなのです。いわば「責任を立場の弱い人にシェアさせる (=押し付ける)ビジネスモデル」、それがシェアリングエコノミーの正体です。

 

自己責任論でごまかすな!

さて、ワタシ的にこの映画の中でひとつ記憶に残っているシーンがあります。

それは主人公が安い報酬で一日中へとへとになるまで働いている最中、中学生の息子と口論になるシーンです。

 

実は息子はとても頭が良く、父親思いの良い子なのですが、両親が働き詰めのために家族の時間が取れないことで、とても寂しい思いをしています。そして、(ありがちですが)両親の気を引くためにわざと揉め事を起こすのです。そんな息子に対して父親は「俺は今までいろんな職場で散々な思いをしても、家族のために頑張って来た。それなのになんでお前は迷惑をかけるんだ!」と言って怒鳴りつけます。

それに対して息子は

 

「自分でそれを選んだんだろ。自己責任だろ。」

 

と言ってのけるのです。私はこの息子が言い放った一言は、ここしばらく日本でも蔓延している「自己責任論」と通じるものがあると思います。

 

この父親は何も好き好んで現在の境遇になった訳ではありません。建設業で正社員として働いている時は一所懸命真面目に働いていました。ですが、金融危機という本人には何も責任がなく、彼にはどうしようもなかった理由によって会社が倒産。世間に放り出された結果、仕方なく現在のような境遇に陥ってしまったのです。それに対して、社会に何も責任を取らなくて良い“子供”が「自己責任」だと切り捨てる。私にはこの子供の姿が昨今の日本人の姿と重なります。

 

そりゃ、人間なのですから結果的には不味い選択をする時もあるでしょう。でも、それを他人事のように「自己責任でしょ」で切り捨ててしまったら、社会は成り立ちません。社会というのはそのような“何が起こるかわからない”人生という荒波を少しでも平和に暮らせるようにするセーフティネットなのです。今この瞬間は他人事であっても、次の瞬間には自分がそのセーフティネットに助けられることになるかもしれない。それが人生なのです。そして、そのようなセーフティネットを保つためには思いやりや気遣いがなければなりません。甘っちょろいと思われるかもしれませんが、そのような「思いやりを基盤にしたセーフティネット」こそが、この不確実な世界の中で少しでも安定した社会を築くための人類の知恵なのです。

 

そのような人類の知恵を「自己責任でしょ」とバッサリ切り捨てる冷徹さこそが、世界中で貧富の差の拡大と、それに反発するデモや暴動を引き起こす原因になっているのではないか?と思うのです。

 

監督からのメッセージ

それでは最後にこの映画のパンフレットに書いているケン・ローチ監督自身のメッセージを紹介してこの投稿を終えたいと思います。

 

“1日14時間、くたくたになるまで働いている宅配ドライバーを介して勝ったものを手に入れるということが持続可能と言えるのでしょうか?

(中略)

友人や家族にまで波及するようなプレッシャーのもとで人々が働き、人生を狭めるような世界を、私たちは望んでいるのでしょうか?

(中略)

ワーキングプア、つまりリッキーやアビー (※主人公とその妻)のような人々とその家族が代償を払うのです。”

 

私達が何気なく手にしている便利さの裏にどのような闇と代償が横たわっているのか。そのことに私達は今一度思いを馳せなければならないのではないでしょうか。

 

今回も長文を最後までお読み頂きありがとうございました! 😆