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「金のためなら何十万人死ぬ大災害も我慢しろ」by 東大名誉教授

去年の西日本豪雨の再来・・・あるいはそれ以上の規模とも言える大豪雨が西日本を直撃しています。

実は、昨年の西日本大豪雨の際には私もたまたま九州の実家に帰省していました。

すぐ帰るつもりだったのですが、公共交通機関が片っ端から止まったり、九州の大動脈である国道3号線の一部が水没したりと、まさに「大災害」と呼ぶにふさわしい出来事でした。

 

そんな大災害が起こったなら“普通の感覚であれば”、そのような災害が起こっても被害を最小限に食い止められるように事前に準備をしておくのが当たり前ではないでしょうか。

ましてや、国民の生命を預かる国家であれば、その備えを十分にしておくことは義務だと言えます。

 

ところが。

何と日本にはそんな大災害が起こっても「日本は財政赤字なんだから大災害くらい我慢しろ」と言ってのける経済学者がいるのです。

しかも、それが日本の最高学府である東京大学の名誉教授だというのですから、開いた口が塞がりません。 

 

 

東京大学名誉教授「吉川洋」の恐るべき提言

こちらはブルームバーグが行った東京大学名誉教授である経済学者、吉川洋氏へのインタビュー記事です。

 

西日本豪雨のことではなく、「近い内に必ず来る」と言われている南海トラフ大地震を取り上げてのものですが、この中で吉川氏は

 

「大地震が30年以内に起こる確率は驚くべき高さであり、いつか必ず来ると言ってもよい。」

 

と認識しながらも、

 

「被害金額は半端ではないが、それに耐えなければならない。」

 

と語っています。

確かに政府は南海トラフ大地震が起きた時の被害金額を220兆円と試算しています。

だが、ちょっと待ってほしい。

っていうかさ、

 

被害金額よりも人命の方が大事だろーーが!!!!

 

と思うのは私だけでしょうか?

政府の試算ではマグニチュード8〜9クラスの直下型地震が発生した場合、死者が最大32万人に上るとされています。

 

普通なら、というかもはや“人間なら”と言っても良いと思いますが、犠牲者が1人でも少なくなるように最大限の対策を行うべきではないですか?

それを

 

「被害金額は半端ではないが、それに耐えなければならない。」

 

ですと???

この方は一体何を言っているのでしょうか?

東京大学というのは、このような人物でも名誉教授になれる大学なのでしょうか。

 

「金のためなら何十万人死のうが構わない」by東京大学

ちなみに、この吉川教授ですが昨年2018年8月号の「中央公論」という本の中でも、次のように発言しています。

昨年土木学会が発表した南海トラフ大地震などの災害の被害を最小限に食い止めるために、国が災害対策を行うべきだという提言に対し吉川教授は

 

「(土木学会の)インフラ耐震工事約40兆円で南海トラフ地震の場合509兆円の被害を縮小できるという推計結果である。これほどの高い効率性をもつ公共事業は他に存在しない。」

 

と、国の災害対策の有効性を高く評価しながらも

 

「あれもこれもと、現在国費ベースで年6兆円の公共事業費を拡大することはできない。それでは『国難』としての自然災害を機に、『亡国』の財政破綻に陥ってしまう。」

 

として、国は災害対策を行うべきではないと結論付けているのです。

つまり、吉川教授はこう言っているのです。

 

「日本は財政赤字だからインフラ工事なんてやるべきではない。南海トラフ大地震で何十万人死ぬかもしれないが我慢しろ。」

 

と。

お・・・恐るべし・・・東京大学名誉教授。

「金が無いなら死んでも文句言うな。」と公言してはばからない、この強靭な精神力は大したものです(誉めてないww)。

そして、このような人物をいまだに名誉教授としている東京大学も大したものです。

さすが日本最高峰の大学です。

 

「お金のためなら何十万人死のうが一向に構わない! それが東京大学です!」

 

素晴らしいですね。全く。 

 

そもそも財政を健全化する必要などない。

そこまでして吉川教授が実行したい財政健全化ですが、果たしてそもそも財政健全化などする必要があるのでしょうか?

 

よく「日本の借金1,000兆円」とか言われます。

ですが、安倍政権になってからの異次元金融緩和によって、その半分の500兆円以上はすでに返済不要です。

というのは、その政府の借金の半分は日銀からの借金であり、日銀は日本政府の子会社なので返済する必要がないからです。

 

というか、それ以前の話として日本政府は「通貨発行権」がありますので、その気になればいくらでもお金を発行して返済することが可能。

独自通貨を持つ日本が、独自通貨である日本円の借金返済が不可能になって破綻するなどということは、どう考えてもあり得ません。

 

これは経済評論家の中野剛志氏も仰っていますが、自国通貨を持つ国が自国通貨建ての国債の返済ができなくなることは、何らかの政治的意志によって返済を拒否しないかぎりあり得ません。

歴史上もそのような事態に陥った国は一切ありません。

 

ギリシャやアルゼンチン、旧ソ連などの国が経済破綻したのは、「外国通貨での負債」があったからです。

日本円での負債しかない日本とは全然次元が違う話なのです。

 

 

 

「将来世代にツケを残さない」という綺麗事

また、日本の借金問題の話になるとすぐに「将来世代にツケを残さない」ということを言う人がいます。

 

しかし、だからと言って日本の財政赤字を縮小させるためには国民が数十万人死んでも良いというのは許される話なのでしょうか?

私はそんなことは許されないと思います。

 

「将来世代にツケを残すな」と言いますが、そのために現代を生きる国民が犠牲になったとしたら、将来世代に

 

「お前たちにツケを残さないために、昔の日本人が大地震で何十万人も死んだんだぞ。」

 

と伝えていくことになります。

それが正しいとでも言うのでしょうか?

 

私が将来の日本人だとしたら「そんなもん、ありがた迷惑だ!! 何で借金してでも国民の命を守らなかったのか!」と思うに違いありません。

それは「お金のために国民を見捨てた国の子孫」という十字架を永遠に背負わせることになるのではないでしょうか。

 

本当に将来世代にツケを残さないという気概があるのであれば、現在の借金を物ともしないほどの稼ぎを生み出せるだけの強力な経済力を身に着けるこそが重要なはずです。

そしてそのために、経済力の源泉となる国民を絶対に守るんだという意思をしっかりと示すことこそが、 政府に必要なことなのではないでしょうか?

 

 

少なくとも「お金のためなら日本国民が何十万人死んでも構わない」などということを東大名誉教授が平然と言ってのけるような社会は、ここで断ち切らなければならないのではないでしょうか。 

 

 

今回も長文を最後までお読み頂きありがとうございました😆