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マルサス著「人口論」。悲観論を突き抜けて前に進む勇気

みなさんトーマス・マルサスという経済学者をご存知でしょうか?

その名前だけでピンと来る人はあまりいないかもしれませんが、「人口論」という本のタイトルを言えば聞き覚えがある方もいらっしゃるのではないでしょうか?

 

彼が「人口論」の中で書いた人間の本質というのが、あまりに残酷で悲観的な物であるため、「経済学を陰鬱な学問にした張本人」とさえ一部では言われています。私も正直マルサスにはそういう暗ーいイメージしか持っていなかったのですが、あるキッカケで彼の著作「人口論」を読みました。

そうすると今まで持っていたマルサスのイメージとはまるで違う、何かこう・・・ちょっと生きるということに前向きになれるパワーを持った人であり、本である印象を受けたのです。

 

そこで今回はこの本、トーマス・マルサス著「人口論」の読書レビューをお届けしたいと思います。

人口論 (光文社古典新訳文庫)

人口論 (光文社古典新訳文庫)

 

 

人口論で提示する「前提条件」

マルサスがこの本で自説を展開するに当たって、2つの前提条件を最初に書いています。それは

 

1) 食料は人間にとって不可欠である。

2) 男女間の性欲は必然であり、ほぼ現状のまま将来も存続する。

 

という2点です。

この2点についてマルサスは「人間の本性の不変の法則とされたきた。そして、われわれの知る限り、これまで何も変更されたことがない。」と述べています。暫く前から日本では「草食系」という言葉がありますが、長い歴史の流れと全世界的な視野でみればごく一部の話しであり、基本的にこの2点については多くの人が同意するのではないかと思います。

 

人口論でもっとも有名な主張

この前提条件の下で、人類の歴史を見てみると

 

「人口は何の抑制もなければ等比級数的に増加する。生活物資(=食料)は等差級数的にしか増加しない」

 

という法則が導き出される。これこそが「人口の原理」であるとマルサスは述べます。

簡単に言えば、人口は“ねずみ算”的に次々に増えていくが、食料はそれに追いつくほどには増産できない、という意味です。

 

もちろん、これはマルサスが生きた18世紀の時代の話であり、現代に生きる私達はそんなことはないということを知っています。ただ、度重なる飢饉や戦争などで食糧不足が絶えなかった当時では、この主張が非常な説得力を持って社会に受け入れられたのです。

 

人口増加と食料生産増加の不均衡が生む「弱肉強食」

このようにマルサスは、人口増加と食料生産増加の不均衡は乗り越えることができない問題であり、永遠に人類をしばり続けるものだと述べます。そして、そのような不均衡が存在するために、人類には食料にありつけない貧困層が絶対に存在しつづけると。

 

この主張は、当時の資産家階級の人たちには非常に好意的に受け入れられました。

なぜなら資産家階級がどれだけ贅沢をして、その一方で貧困にあえぐ人たちが存在したとしても「人口の原理」の当然の結果であり、資産家階級が悪いわけではないという免罪符になったからです。

そして、この解釈はその後も何年もの間引き継がれ、現代でも「マルサス主義」と言えば弱者を“自己責任”の下に切り捨て、強者が生き残ることが自然の摂理であるかのような冷淡な考え方だとされています。

実際、私もマルサス主義と言えばそのような物だとほぼ思い込んでいました。

 

・・・ですが、実際にマルサスの「人口論」を読んでみるとそれとは全然違う印象を受けたのです。

 

マルサスの徹底的なリアリズム

確かにマルサスは「人口の原理」からは人類は逃れられないと言っています。そして、その不均衡ゆえに必ず人間の世界には貧困から逃れられない人たちが一定数いて、それが暴力などの様々な悪弊を生み出すのだと。

ただ、ここで注意しなければならないのは、マルサスは「人類はそのような悪弊から逃れることはできない。しかし、だからこそ人間はより善き道を進もうと懸命に努力するのだ」と考えていることです。

 

マルサス自身が「人間の生活に関して本書が描く光景は、たしかに暗い。しかし、その暗さは著者のまなざしのゆがみや、生来の不機嫌な基質によるものではなく、まさしく現実をそのまま描けばこうなるとの確信に由来する。」と述べているように、この著書の中では人口の原理に縛られた人類は、さまざまな悪弊(暴力、貧困、詐欺、搾取などなど)から逃れられない。

“衣食足りて礼節を知る”という言葉通り衣食を満たせない貧困層においては、特にその悪弊は凄まじい。その悪弊にまみれた貧困層はさらに自分たちの性欲に従って、育てられもしないのに子供を次々と生み、その子どもたちをも貧困層に落とす。無限の悪循環から彼らは逃れることができない。

残念だがそれが現実である、とマルサスは述べます。

 

フランス革命の理想主義を否定したマルサス

その上、マルサスはそのような貧困層を救おうとする行動も偽善であり、自己満足でしかないと言います。

少しでも裕福で仁義にあつい人たちは彼らを救おうと慈善事業を行ったりするが、それも無駄である。なぜなら、その慈善事業によって少しでも裕福になろうものなら、彼ら貧困層はさらに子ども増やしたり、賭け事などの吝嗇(りんしょく)に走り、さらなる貧困に自分たちを貶めるのである。残念ながら彼らを救うことはできない、そうマルサスはきっぱりと言ってのけます。

 

マルサスが人口論を書いた当時、フランスでは革命が起こった後の政治的大混乱が続いていました。ロベスピエールなどのジャコバン派による粛清により、数千人もの人たちがギロチンなどにより処刑される恐怖政治が敷かれていました。

しかし、そのロベスピエールに代表されるジャコバン派も、元々はフランス王政の中で貧困にあえぐ人々を救い、世界から不平等と貧困を根絶することを目的としてフランス革命を起こしたのです(もちろんそれだけが原因ではありませんが)。

 

そのフランス革命の現実を見たマルサスは、そのような世界から貧困を根絶するなどと言った理想主義的な妄想が逆に世界に混乱をもたらすのだと考えていました。人類は人口の原理から逃れることはできない。だから、絶対にある程度の貧困層は発生するし、逆に富裕層も発生する。その人口の原理から生じる不平等を根絶することは人間には不可能である。

人間にできることは、極端な富裕層と貧困層の数を減らし、中間層をできる限り分厚くすることであり、それこそが唯一現実的に人類が実践できることであると考えたのです。

 

マルサスが本当に伝えたかったこと

このようにマルサスの議論を追ってくると、マルサスの「人類は人口の原理から逃れることはできない」という主張には、単なる悲観主義では語れない深みがあることが見えてきます。

貧困を根絶することはできない。それを無理やり実現しようとすれば、フランス革命のような悲劇を呼び起こす。

しかし、マルサスはその冷徹な現実を真正面から受け止めた上で、理想主義的な妄想に浸ることなく、地に足をつけた努力を少しずつ積み重ねていくことで、この碌でもない世界を人類は今より少しでも善く生きることができるようになると考えていたようです。そのように貧困やそれに伴う悪弊こそが人類が善き道へと進むための動機づけになる。飢えや寒さといった窮乏こそが人間の能力を育て、その能力を発動させる訓練になるのだ。

そうマルサスは言っているのです。

 

最後にマルサスがこの「人口論」の最後で述べている言葉を引用します。これを読めば現代で言われる「マルサス主義」が実際のマルサスとどれだかかけ離れているか。そして、「この世界は確かに冷徹で碌でもない。でも、それでも世界の中でそれでも懸命に生きていこうぜ!」と、私達の肩を叩くマルサスの温かな眼差しを感じ取れると思います。

 

“この世に悪が存在するのは、絶望を生むためではなく、行動を生むためである。われわれはそれを堪え忍ぶのではなく、それをなくすために努力しなければならない。

悪を自分自身から、そして自分のちからが及ぶ範囲から除去しようと最大限の努力をすることは、すべての人間の利益であると同時に、すべての人間の義務である。人間がその義務をはたすべく努力をすればするほど、また、その努力の方向を定めるとき賢明であればあるほど、そして、その努力が実れば実るほど、人間の精神は恐らくますます改善され、向上するであろう。”

 

陰鬱な経済学者と言われるマルサスですが、彼の著作を読めばそんな言葉で一蹴するのはもったいない、とても力強く、人々を鼓舞する軽快な男の姿が見えてくる・・・この本を見て私はそんな気がしました。

 

今回も長文を最後までお読み頂き有難うございました😆