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忖度してるつもりで何も忖度できてなかった塚田副大臣が犯した大罪

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安倍政権に限らずいろんな失言で辞任する大臣は後を断ちませんが、今度は「忖度大臣」もとい「忖度”副”大臣」ですか(笑)。

 

 

(首相の意向を)忖度したつもりが実は忖度できていなくて世間を騒がせた挙げ句、最後にようやく首相の意向を忖度して辞任した忖度副大臣

 

ということですね! さて、何回忖度という言葉が出てきたでしょう? (笑)

 

冗談はここまでにしておいてww

塚田国交副大臣の一連の騒動に関する報道では、どうも

 

「政権内で安倍首相の気持ちを忖度しないといけない安倍首相の独裁制」

「地元への利益誘導は許されない」

「安倍首相の任命責任」

 

と言った点ばかりがクローズアップされているようです。

ですが、正直私はそんな物はどうでも良いと思っています。

では、何が問題なのか?

 

それは今回の忖度発言の元となった道路事業のような公共事業について、「公共事業というのは古臭く政治体制の典型。やっぱり安倍政権はバラマキによって選挙票を獲得しようとしている。」という“公共事業悪玉論”の空気を再燃させたことです。

 

塚田国交副大臣を擁護する余地はない

勘違いされないように最初に言っておきますが、私はこの塚田副大臣を擁護する気は全くありません。あらゆる面で擁護する価値がない。
まず、「安倍総理と麻生副総理が言えないことを忖度した」と言ってますが、忖度するというのは相手の立場や考えを慮る(おもんばかる)ことであり、「忖度しました!」などと堂々と公言するようなものではありません。

しかも、今回の場合はそんな悪ノリ発言で総理に迷惑をかけているのですから、"忖度"したのではなく単純に"点数稼ぎをしたかった"だけでしょう。


そもそも忖度という言葉には悪い意味は何もありません。相手の気持ちを慮る(おもんばかる)というむしろ良い意味のはずです。それをこの副大臣は「そう言った方がウケるだろう」というお笑い芸人のような悪ノリで言っただけに過ぎないのです。
政治家がやることではありません。

 

 

 

塚田国交副大臣は辞職では責任が取れないことをやらかした。

そういう意味では塚田国交副大臣が辞任したことは当然のことです。

発言の責任を取るとか、安倍政権に迷惑をかけたとかいう話よりも、自分で言っていた言い訳のように「大勢の人に囲まれて雰囲気に飲まれて、つい言ってしまった」というような場の空気に飲まれるような程度では“政治家としての資質がそもそもない”人物だからです。

 

そんなことはどうでも良いです。

問題は今回の発言が行われたのが、山口県下関市と福岡県北九州市を結ぶ新たな道路ネットワーク事業がようやく進みかけたところに冷水を浴びせたこと。そして、「安倍総理と麻生副総理の地元に利益誘導するために、選挙に勝つためにわざわざ道路事業を振興したのだ」というような発言をしたことで、道路事業のような公共事業が「政治家がお金をばらまくことで票を獲得するための道具である」というようなイメージを再度世間に印象づけたことです。

 

道路建設の必要性を甘くみるな

恐らく九州の方以外はご存知ないと思いますが、九州と本州を繋ぐ経路は現在関門海峡を通る「関門橋」とその下を通る「関門トンネル」に限られています。それも片側二車線の大して広くない道路です。これが作られたのが45年以上も前。既に老朽化しており修復が必要なのは言うまでもありませんが、このような細い道に九州と本州をつなぐ大動脈が集中しているという事態がそもそも異常なのです。

 

昨年7月に西日本を襲った記録的豪雨を記憶してる方もいらっしゃると思いますが、あのような災害時に関門橋が通れなくなると、それこそ九州自体が陸の孤島と化してしまいます。

本州からの物品が届かないのと同じく、九州で生産された物品を本州に届けることもできないのです(九州には自動車関連を含め多くの機械工場がありますので、本州へのパーツ供給がストップします)。

 

北九州市の推進事業協会の試算では、もし災害により関門トンネルや関門橋が交通遮断された場合の経済損失額は1年間に約14兆円(しかも間接被害のみの計算)と見積もられています。

道路は一度作ればそれで永久に使えるという訳ではないし、特に日本のような災害大国においては、万が一の場合に備えて様々な迂回経路を準備しておかなければ、“もしも“のときに日本国民の生命が危険にさらされるのです。

 

 

公共事業は無駄でも良いからやれ。最悪なのは何もやらないこと。

したがって、今回の下関と北九州を結ぶ道路建設は国民の生命を守るためにも絶対に必要です。塚田国交副大臣の愚かな「忖度発言」のために中断されるようなことがあってはなりません。

それこそ「国民の生命を政争の具として使う」ことになるでしょう。

 

そしてもう一つ重要なこと。

それは道路事業に代表される公共事業が「お金のバラマキ。無駄な出費。」だと考えられる風潮が確実に間違っているにも関わらず、今回の塚田国交副大臣の発言で「やっぱり公共事業は駄目だ。古臭い、バラマキ政治体質の現れだ。」とイメージが再燃しつつあることです。

これは完全に、100%間違いです。少なくとも現在のデフレ不況化においては。

 

ここではあまり深入りしませんが、日本がデフレから脱却できないのは「お金を誰も使わないから」です。アベノミクスの異次元緩和とやらで莫大なお金が日本では生み出されました。実に300兆円以上です。しかし、景気は一向に良くなりません。なぜか?

これは簡単な話で、新たに生み出された300兆円が単に日銀の預金口座に積み上がっているだけだからです。300兆円と言わず、500兆円、1,000兆円発行したとしても銀行に預けっぱなしで使われないお金に何の意味があるでしょうか?

 

何の意味もありませんよ。

全くの無価値。

お金は使われてこそはじめて意味があるのです。

しかし、この不況の中で誰が積極的にお金を使うでしょうか?

民間企業は人手不足で苦しむのであれば、本来今の業務を少ない人手で補えるように適切な設備投資をしなくてはなりません。ですが、やっていることは安い外国人労働者を捕まえることです。全然お金を出費しないじゃないですか。こんな誰もお金を使わない状況で景気が良くなるはずがありません。

 

だからこそ、政府がお金を使わなければならないのです。

ベストプランは無駄がないお金の使い方。

ベタープランは、たとえ無駄でもお金を使う。

最悪のプランは、無駄だからと全くお金を使わない。

 

この30年日本がやってきたのは、この3番目の「最悪のプラン」なのです。

人間がやることで無駄がないことなんてあり得ません。絶対無駄はある。でも、無駄があっても誰かがお金を使うことで景気が回りはじめて、景気が回復していくならそれで良いじゃないですか。何が問題なのですか??

 

恐らく「日本は財政難だからお金がない!」と言う批判があるでしょう。

でも、これ100%嘘ですから。

日本が財政難だからお金がない、は100%作り話です。

この作り話を馬鹿みたいに信じ続けた結果が今の日本の末路を生んだのです。

 

次回はこのことについて突っ込んで書いてみたいと思います。

 

今回も長文を最後までお読み頂きありがとうございました😆