Dive Into The World

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国際競争力と英語力は無関係。大人のエゴが子どもの能力を破壊する。

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先日、2020年から開始される小学生への英語授業の教科化について記事を書きました。

 

 

この記事が結構好評でしたので、前回の投稿で書ききれなかった

 

英語教育の強化はグローバル社会で必須論への反論

 

を書きたいと思います。

 

グローバル化と英語教育は関係ない

英語教育を充実させるべきという人たちは必ず「グローバルで活躍できる人材教育には英語が必須」という点を取り上げますが、これは完全嘘っぱちです。

「嘘っぱち」は言い過ぎかな?(笑)。

じゃあ、「8割くらい嘘」でww

 

理由は簡単な話です。

彼らはグローバルに活躍できる人材が増えることが、これからの日本経済を強くしていくために必要だから、グローバルに活躍するために必要な英語を学ばせようと主張するわけです。

逆に言えば英語さえ話せればグローバルに活躍できる人が増えて、経済が強くなるということになりますが、それ本当ですかね?

例えば、フィリピンとか南アフリカ、あるいはインドでは日本とは雲泥の差で英語を話せる割合が多いです。なんと言っても英語が公用語になっているのですから。では、そのような国々が日本に比べて経済力が強く豊かな国だと言えるでしょうか?

 

答えはNOです。

GDPで比べるまでもなく生活レベルは日本の方が断然上です。日本の方が圧倒的に裕福な暮らしをしているでしょう。

つまり、別に「英語が話せるかどうか?」は経済力を強化する上では必須でも何でもないのです。もちろん「ビジネス上英語でコミュニケーションをとることができる人材」が多ければ、国際競争では多少有利になるにかもしれません。

 

ネイティブ・スピーカーの序列にわざわざ組み込まれる必要はない

正直なところ、極論を言ってしまえば、英語のネイティブ・スピーカーでない限りは、どれだけ英語が上手くなっても”圧倒的不利”から”不利”になるくらいの話です。ぶっちゃけ英語と一言に言っても、イギリス人の英語とアメリカ人の英語は別物ですし、オーストラリアの英語なんてさらに違います。

そして、イギリス人は当然自分たちの”正統な英語”に誇りを持っていますし、アメリカ人英語を馬鹿にしているところがあります。

 

要するに何が言いたいかと言うと、どれだけ英語教育に力を入れたとしてもそのような「イングリッシュ・スピーカーの序列」の中で多少順位が上下するだけの話であって、結局端から勝ち目のない土俵にわざわざ上がろうとしているのに過ぎない馬鹿げた話である、ということです。

 

例えて言うなら、腕相撲ですごく強い選手が”同じ相撲だから”と言って、大相撲に挑戦するようなものです(笑)。わざわざ畑が違うところに行って、なぜ一から鍛え直さなくてはならないのか? それよりも腕相撲を極めて世界チャンピオンを目指した方が本人のためにも良い、という話です。

 

国際競争力と英語は関係ない

グローバル社会で勝ち抜くために・・・と言っている人たちは、少なくとも表向きは弱体化した日本経済を強くすることを目的としているのだと思います(多分、本当は単なる英語コンプレックスから言っている人がほとんどでしょうがww)

もし本当に英語力の強化がグローバル社会で勝ち抜くため、つまり国際競争力を養うために必要だとすれば、今まで英語力が足りなかった日本はずーっと世界で負け続けてきたということになります。だって、昔に比べて英語教育に割かれる授業時間や、こどもの英会話レッスンの時間は格段に増していますから。

 

そうなると、戦後の高度成長期からバブル期においても日本は国際競争力は全くなく、負け続けていたということになりますが、そんなことありますかね??

それこそ高度成長期〜バブル期までは「Japan As No.1」などと言われたように、「日本基準が世界基準」だったのであり、ある意味日本主導のグローバル時代だったと捉えることもできるのではないでしょうか。むしろ”英語力を養う時間は今より断然少なかったにも関わらず”世界を席巻する国際競争力を日本は持っていたわけです。

 

つまり、先程フィリピンや南アフリカなどが英語を公用語しているにも関わらず豊かな社会にはなっていないことを取り上げた時にも書きましたが、「英語を話せる」かどうかは国際競争力にはほとんど関係ない。それが事実なのです。

 

英語を身に着ければ国際競争力を向上させ、日本も世界の国々と互角に戦うことができるというのは単なる幻想でしかありません。そして、その幻想というのは「自分たちがこんなに頑張っているにも関わらず日本の国際競争力が低い」という現実を、自分たちが不得手である「英語」のせいにして、「自分のせいじゃないんだ」と思いたいだけなのではないかと私は思うのです。 

そのような大人たちの英語コンプレックスというエゴで、前回の記事で書いたような子どもたちへの教育の悪影響のある英語教育を加速させるのは間違っているのではないでしょうか。

 

 

今回も長文を最後までお読み頂きありがとうございました😆