Dive Into The World

話題のニュースがどんな意味を持つのかを分かりやすく解説。普通の人たちと専門家をつなげるようなブログを目指します。

信頼性よりも無料なネット報道を選ぶ炎上型社会の病

新聞離れが叫ばれて久しい昨今、皆さん普段はどこでニュースを見ていますか?恐らくほとんどの方がインターネットで見ているのではないでしょうか。

インターネットの前後でみんなのニュースへの接し方も劇的に変わったかと思います。

 

さて、そんな折り新聞通信調査会という公益財団法人が2018年度の「メディアに関する全国世論調査」という調査報告をレポートしていました。

この調査では普段国民が「ニュース」を読む際に

 

・どのような媒体をどの位の頻度で使用しているか?

・各媒体がどの程度信頼されているか?

 

についてかなり詳しく調べられています。

その中で非常に興味深かったのは「信頼度が低くてもネットを使って無料のニュースを手に入れたい」という人たちが非常に増えているという点です。

 

全世代でニュースは無料で手に入れたい派が主流

この調査は全世代に向けたアンケート形式になっているのですが、その質問の中で

 

A) 信頼性が低くても、ニュースは無料で手に入れたい

B) 信頼性の高いニュースを手に入れるために、代金を支払っても良い

 

という選択肢があるのですが、「18歳-19歳世代」から「70歳以上」のすべての世代で、「信頼性が低くても、ニュースは無料で手に入れたい」が上回っていたのです!! 驚き!

10代から30代くらいまではまだ分かるのですが、70歳以上の高齢者世代でも「ニュースは無料で手に入れたい」が主流・・・お、恐るべしインターネット!!! (笑)

一応10代ではAとBの開きが40%くらいですが、一番差が少ない60代でも8%ほど差があります。

 

ニュースの信頼度は「NHK>新聞>テレビ>ネット」

その一方で「それぞれの媒体への信頼度」については

 

NHK 70.8ポイント

新聞 69.6ポイント

民放 62.9ポイント

ネット 49.4ポイント

 

という結果。

NHKはさすが国営放送というべきか堂々の一位。僅差で新聞で、インターネットが一番低いという状況です。しかも、インターネットの信頼度に関しては、昨年の調査を2ポイント下回っているということで、ネットニュースの信頼性は下降傾向にあるようです。

 さらにネットニュースに関して面白いのは、ただでさえ信頼度が低いネットニュースなのに、そのニュースの出所を気にしないという人が60%を超えているということです。

 

信頼度が下がってもニュースは無料でみたい

調査報告書にも書いてあるのですが、これらの調査から分かるのは

 

信頼度が低いと分かっていながらも、ニュースは無料で読みたいと思っている人が大勢いる

 

という実態です。

 

これには大きく2つの問題があると思います。

それは1つには「タダより恐いものはない」ということと。

そしてもう一つは「なぜニュースを読むのかという背景に潜む現代的な病理」です。

 

タダより恐いものはない

しばらく前に任天堂がスマホ向けのゲームアプリで「スーパーマリオ・ラン」というゲームを発売しました。

昨今のスマホゲームでは「ゲーム自体は無料だけど、課金によって集金」というシステムを取られることが主流です。私のような"ファミコン世代"には理解できませんが、今の若い人・・・特に10代くらいの子どもにとってはそれが当たり前でしょう。

しかし、この任天堂のゲームは最初から有料のアプリでした(1,200円くらいだったかな?)。

これがリリースされた時には、若い人たちから「今どきゲームが有料とかあり得ない!」みたいな反応が非常に多く、ゲームのレビューを載せるサイトなどが結構荒れていたのを覚えています。

 

しかし、基本的に世の中には無料で手に入るものというものは存在しません。なぜなら何かが作られる時には、必ずその影にはそれを「作る人」がいるからです。

 インターネットが爆発的に普及し、社会にとって"あって当たり前"の存在になった現在、いろいろな物が無料で手に入ることを当然の権利のように考える風潮が強くなってきました。しかし、写真一枚、動画一つ、短いニュース記事にしても、それを生み出す人がいるという事実は変わりません。

ましてや、ゲームのような製作に相当な時間と労働力が注ぎ込まれるような商品であればなおさらです。

 

WebサイトやYoutubeのようなサービスが無料で楽しめるというのは確かに消費者目線で言えば、素晴らしいことかもしれません。しかし、それは現実に支払っているお金が無料というだけで、それ以外の対価を支払わされているということに多くの人が気付いていません。

その対価とは「個人情報」という財産です。

 

何気なく検索したり、Youtubeを見ているだけでも、その人の年齢、性別、居住地域、趣味嗜好、考え方や価値観など、実に様々な情報が抜き取られています。ここではそれについて深入りはしませんが、無料サービスなどという物は実はこの世にはなく、単に支払っている対価が目に見えなくなっているだけなのだということに無頓着になっている現実が、この調査では浮き彫りになっているように思います。

 

何のためにニュースに触れるのか?

正直私にとってはとても驚きなのですが、先程も書いた通り「ニュースの出所を気にしないという人が60%を超えている」というのです。

私がニュースを読む時は、単純に興味本位という部分もありますが、やはり日々のニュースを目にすることでその背後にある問題や、社会心理、国際情勢など「この世の中で今何が起こり、この世界はどこへ向かおうとしているのかを知りたい」と思うからです。そして、それを考えることで「人間とは何か?」「人間社会とは何か?」を知りたいと思うからでもあります。

 

そのためには少しでも信頼性の高いソースであることが重要だと思っています。できれば伝聞ではなく、一次ソースに当たりたい。

でも、この調査では「そんなことはどうでも良いと思っている人の方が多い」ということが分かるわけです。では、そういう人たちは何のためにニュースを読んだり、観たりするのか?

 

「暇つぶし」と言われればそれまでですが(笑)、恐らく周囲の話題について行くためではなないでしょうか。信頼度が低いと分かっている情報であれば、本来であれば見る価値もないはずですし、そのような事に時間を使うのは非合理的です。しかし、そうだと分かっているにも関わらずニュースを見る・・・。それはニュースそのものの重要性よりも、そのニュースを知っていることで周りとの話についていく、つまり周りとの関係性を維持するためにチェックしているに過ぎないのではないでしょうか。

だとすれば、ニュースの価値そのものよりも「周りが知っていることを知っておく」ということの方に重点がおかれ、そのニュースに信頼性があるかどうかは二の次ということも合点がいくというものです。

 

この調査の中ではインターネットでのニュースへの接触方法として一番にあげられているのがYahooなどのポータルサイトやSNSであることも、そのようなニュースの意味あそのものよりも「話題になっているから見る」という心理を如実に表している証です。

 

「カーニバル型共同体」という現代人の姿

このような現代社会の在り方をジークムント・バウマンというポーランドの社会学者が「クローク型共同体」という言葉で表現しています。

今でも劇場やコンサート会場などに行くと、コートを預けるクロークというシステムがあります。そこでコートを脱いで会場に入り、みんなで劇やコンサートを楽しみます。そこではみんな一体となって笑ったり泣いたりして、みんなが感動して1つになったような一体感を味わいます。

しかし、劇を終わりクロークでコートを返してもらい、それを着るとと先程までの一体感は消え去って、みんなそれぞれの帰途についてバラバラになります。

このような一瞬の盛り上がりを共有し、継続的に価値観を共有しない社会の在り方を、カーニバル型…今風に言うなら炎上型とでもいうべき姿を「クローク型共同体」と呼びました。

 

現代のような、地域共同体が崩壊した社会においては、周りとのつながりを意識できる機会は非常に少なくなっています。しかし、人というのは誰かとのつながりを実感できない状態で生き続けることはできません。どのような形であっても人とのつながりを求めざるを得ないのです。

そこで話題性のあるニュースを共有することで、一瞬にして周りの人との距離を近づけることができる。炎上的な盛り上がりによって人とのつながりを実感できる…だからこそ多くの人が、たとえニュースの信頼度が低くても"皆が共有している"あるいは"皆と共有できそうな"ニュースを探し求めてポータルサイトにアクセスしているのではないでしょうか。

 

このようにしてインターネットの普及によりますますそのような炎上型が強まっていくのが現代の世界です。そのような中で私達はどのようにして周りとの関係性を築いていくべきなのか。現代社会が抱えるそのような病がこの調査の背後にはうごめいているように見えるのです。

 

今回も長文を最後までお読み頂きありがとうございました😆