Dive Into The World

話題のニュースがどんな意味を持つのかを分かりやすく解説。普通の人たちと専門家をつなげるようなブログを目指します。

フランスの暴動の原因はユーロの導入から始まっていた

さて、昨日告知しました通り(笑)、今日も引き続き「フランス・ネタ」です。

 

こちらが昨日の投稿ですが↓、ここでは次のようなことを書きました。

 

今世間を騒がせているフランスの「黄色ベスト運動」というデモへの対策として、マクロン政権が最低賃金の引き上げや年金受給者への減税などを行うことを決めた。

これが財政赤字の拡大を引き起こすが、EU財政赤字の拡大枠を法律で決めており、フランスがその枠をはみ出す恐れがある。

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それがフランスに留まらず他のEU各国(イタリアやスペイン、ギリシャなど)にも「フランスが良いんだったら、俺らも良いじゃん」という形で、雪崩を打つようにEU各国も財政拡大に走るのではないかと心配されている。

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財政拡大しようが何だろうがフランスの勝手なはずだが、EUにおいてはそうはいかない。なぜならEUの財政は”共通通貨であるユーロ”によって管理されているから。

各国が勝手なことをやってもらっては統制がとれなくなって困る。

そんなに皆が困るんだったら、そもそもなんでユーロを導入したんだ??

 

実はユーロの旗振り役はフランスだった 

まず、そもそもの話をすると、実はこの共通通貨ユーロを導入する時の旗振り役を務めたのが、他でもないフランスでした。そう。自分たちが推し進めたユーロに縛られて、国民を救うために必要な財政政策ができなくて窮地に陥っている。それが今のフランスの実情という訳です。

しかし、そもそもなぜそのような共通通貨を導入しようと思ったのか?

 

その理由はいくつもありますが、フランスにとって大きかった理由、それは他でもないそれによってドイツを封じ込めようと考えたからです。

 

ユーロが導入される前の欧州

ユーロが導入されて早15年以上経ちますので、すっかり忘れられているかもしれませんが、ユーロが導入される前は各国が独自の通貨を持っていました。

フランスはフラン、ドイツはマルク、ギリシャドラクマといった具合です。

 

第二次世界大戦後、世界の為替市場はブレトン・ウッズ体制と呼ばれる固定相場制でした。今では当たり前のように毎日ドルと円の交換レートが変動しますが、昔は「1ドル=360円」とかで固定されていたのです。

それが1971年のニクソン・ショックによって「変動相場制」と言われる為替相場に移行します。

※本当はニクソン・ショックからいきなり変動相場制に変わった訳でもないのですが、脱線しすぎるのでここでは割愛します。結果的にはニクソン・ショック → 変動相場制と考えてもらってほぼ間違いないです。

 

ただ、当たり前ですが変動相場制になると各国の為替レートがしょっちゅう変動しますので、お金の移動やビジネスがやりづらくなるわけです。そこでまだ「EC」だった当時の欧州共同体が一定硫黄に対ドル相場が変動した時は、協調して介入することにしました。

そうは言っても、EC加盟国は別の国ですし、それぞれの産業の状況も違います。ある国にとってはドル安が有利な条件でも、他の国にとっては不利になることもありますよね。そうすると各国の意見調整が必要になるのですが、やはりドイツはヨーロッパの中でも非常に工業力が強いので、どうしてもドイツの意見が強くなってしまうわけです。

特に問題になるのはインフレへの対応です。

なぜなら「ドイツ」がヨーロッパにはいるからです。

 

ドイツのインフレ恐怖症を抑え込むためのユーロ 

皆さんも高校の歴史授業などで習ったと思いますが、第一次世界大戦の後、ドイツは戦勝国への賠償金の支払いのためとんでもないインフレに襲われます。ひいてはそれがナチスドイツの誕生、そして第二次大戦へと繋がっていく訳ですから、ドイツという国の人たちはインフレに対して強烈な恐怖感を持っています。

なので、少しでもインフレを招きそうな状況になると、その発言力を駆使してインフレを必死になって抑えようとします。

 

しかし、資本主義経済においては”マイルドなインフレ”は、投資を促進するのでむしろ好ましい状況です(インフレというのは物価が上がる、逆に言えばお金の価値が下がるので、大事に貯蓄するように投資した方が良いという判断になるから)。

しかも、インフレ恐怖症ははあくまでドイツの話であって、他の国にしてみればそんなドイツの政策にいちいち振り回されては困る。

 

そこで一発逆転を狙ったのがフランスでした。

共通通貨を作り、ドイツも巻き込んだ「ヨーロッパとしての中央銀行」を作ることで、ドイツに首輪をつけようとしたのです。そして、イギリスもまたこのフランスの策に乗りました(時のサッチャー首相はドイツに対して「二度も叩き潰したのに、性懲りもなくまた出てきたか」と怒りを顕にしていたそうですが・・・)。

 

その結果、ドイツが圧倒的勝者になった

残念ながらフランスの目論見は完全に失敗しました。

むしろドイツは冷戦が崩壊し、ソ連の保護がなくなり、産業力もガタ落ちになった東ヨーロッパという”労働力”を十二分に活用し、圧倒的に安い労働力で高い生産能力を実現しました。これには当時のEUにおいてドイツが東の端っこで、東ヨーロッパに地理的にも近かったことも要因の一つです。

 

ここに効いてきたのがユーロの存在です。

共通通貨でさえなければ、ドイツの製品の競争力が高まれば為替レートも上がります。そうするとドイツ製品を輸入するのはコスト高になるので、輸入するより自国で作った方が良いということになります。

円とドルで言えば、円が安く、ドルが高くなれば、輸入する方が割高になるので日本製を買った方が安くなるわけです。

 

しかし、残念ながらユーロを導入してしまったため、「ドイツ製品の方が良い製品でありながら、しかも安い」ということになってしまい、どんどんドイツ製品が売れてヨーロッパ市場を席巻してしまったのです。結果、ドイツだけが一人勝ちして他の国の産業は落ちぶれていった・・・。

これがユーロが招いた現実です。

ドイツ経済に首輪をつけるつもりが、逆にドイツに首根っこを掴まれてしまった。これは明らかにフランスの失策でした。そしてその失策のツケをいまフランス国民が支払わされているのです。

 

フランスがこの現状から抜け出すには、やはりEUから・・・いえ、少なくともユーロからは離脱するしか道はないと思います。しかし、その道が困難を極めることはイギリスが現在身をもって証明しています。しかもイギリスの場合はユーロを採用していないのに、この混乱具合ですからユーロを採用したフランスではどうなることやら・・・。 

 

 

という訳で、なんかうまく結論が導き出せませんが(笑)、現在のフランスの混乱はEUという共同体の立ち上げに端を発する複雑な事情が絡み合っているのだということが、お分かり頂ければ幸いです。

 

↑無理やりまとめたwwwすみません!!! (泣)

 

今回も長文を最後までお読み頂きありがとうございました😆