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日欧EPAをメリットとデメリットで比較する愚かさ

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揉めに揉めたTPP11に引き続き、日本とヨーロッパ諸国の経済連携協定いわゆる「日欧EPA」が締結されましたね。

なんかネットとかメディアでも「チーズやワインが安く買えるようになる」ことが最大のメリットのように報道されていますが(笑)、みんなそんなにチーズとかワインが好きなんですかねww

私はワイン嫌いですしチーズも年に数回しか食べないので、そんなもの何のメリットにもなりません(笑)。

 

ま、それは個人の好みの話なのでどうでも良いのですが、TPP11に反対していた私としては当然この日欧EPAにも反対しております。もちろん、TPP11にしろ日欧EPAにしろ、もう決まったからどうしようもないのですが、こういった自由貿易協定の何がまずいのかについて書いておくことは意味があると思います。

 

貿易協定をメリットとデメリットで語る愚

メディアでもネットでもこういった自由貿易を「メリットとデメリットの比較考量」で考える向きがありますが、ぶっちゃけて言うとそんなこと考えても仕方ないのです。

敢えて言うなら"無駄”です。

なぜならメリットとデメリットは立場や考え方によって違うからです。例えば今回のEPAに関しても

 

・消費者の立場に立てば「チーズやワインのような欧州食品が安くなる!」。

・逆に酪農生産者の立場に立てば「国外から安い食品が入ってくると仕事が成り立たなくなる!」。

 

となります。

 

それはもちろん酪農だけの話ではなく、自動車生産や部品などの製造業に関して言えば

・輸出業者の立場から考えれば「関税が下がることで輸出商品が安くなるから競争力がつく!」。

・日本国内での製造業者から考えれば「輸入商品が安くなるから価格競争が厳しくなる」。

 

となるわけです。

 

先程も書いたように、結局メリットとデメリットのどちらが大きいかなんて、立場によって変わるのですから、そんなことを話していても意味がありません。もちろん国会や行政のレベルになれば当然話は別です。しかし、一般国民がああだこうだ言っていても仕方ありません。国民投票にでもなるなら別の話ですが、そうでないなら単なる井戸端会議でしかない訳です。

私が国会議員か官僚の立場だったら、「お前たち国民がどうでも良い話をしてる内にこっちは実務レベルで議論を進めるんだよ。お前たちは井戸端会議だけしてれば良いんだから本当に幸せだなww」と思うことでしょう。

 

繰り返しますが、メリット or デメリットで話をしていても仕方ない。では、何で測るべきか?

いくつか指標があると思うのですが、今日は

 

日本という国がどうあるべきか?

 

という点から考えてみたいと思います。

 

あ、ちなみに。

日本という国と表現すると何か右翼の人みたいな印象を受けるかもしれませんが(笑)、そんな極端な話ではありません。日本では「国」というと何かそれだけで戦前を彷彿とさせるような「国家統制」みたいなイメージを思い起こされますが、私達個人と国というのは別に対立する存在ではありません。

「国」とか「国家」というと何かすごく仰々しく感じるかもしれませんが、自分が生まれ育った町や地域、そして自分の家族や友人がこれから先も幸せに暮らして行けるにはどうすれば良いか?という話です。日本という国の話はその延長でしかありません。

 

日本という国がどうあるべきか

今回の日欧EPAが典型ですが、「日本が得意な工業製品や部品を輸出して、欧州が得意なチーズやワインなどを輸入することで、お互いにウィン・ウィンの関係になる」という話で自由貿易を擁護する人たちがいます。

これは古くは18世紀の経済学者デイヴィッド・リカードという人が唱えた「比較優位説」というものに依拠しています。お互いの国がそれぞれ秀でた物を生産し、それを交換し合えば全体としてもメリットが大きくなる、という説です(超ざっくりですが)。

 

一見もっともらしい説ですが、大きな問題があります。

一つはその二国間が必ずしも平和的に、永続的に貿易ができるとは限らないこと。政治的なパワーバランスに不具合が発生すれば成り立ちません。あるいは戦争が起こってしまえばそもそも根本から崩壊します。

 

そしてもう一つ。

佐伯啓思(さえき けいし)氏という経済学者の「経済学の犯罪」という本に分かりやすい説明がありますので、そちらを引用しますと

 

もしも日本が優秀な産業技術のもとでハイテクのチップを効率的に作り、一方、アメリカは豊かな農園を背景にしてじゃがいもを効率的に生産することができるとすれば、比較優位論が教えることは何か。それは、日本はコンピューターのためのシリコンチップを生産し、アメリカはもっぱら胃袋のためのポテトチップを生産し、両者が自由貿易で交換すれば良い、ということだ。

これで双方とも利益を得ることができる。だけど、果たしてアメリカはそれで満足するだろうか。

ここに自由貿易論の大きな陥穽(かんせい。落とし穴のこと)がある。アメリカは決してポテトチップ大国で満足などできないのである。とすれば、比較優位の構造を政府が作り変えてゆくだろう。ここでは国家の基幹産業は何であるべきか、あるいは国家を支える産業はどうあるべきかという価値選択が不可欠になる。

 

 ちょっと長くなりましたね。すみません。

要するに地理的、社会的な条件などによりその国が生産しやすい物はある程度限定されて来ます。特に農産物はそうでしょう。大地の肥沃具合や緯度、経度、など地球的な条件がとても大きいです。

しかし、工業製品は違いますし、IT革命以降の情報処理技術に関してはいわずもがなです。つまり、何を基幹産業にするかは選択の自由が発生し、それを決定するのは「国家として100年先、200年先を見据えた時にどうするべきか?」という価値判断が入らざるを得ないのです。

 

日欧EPAをメリット、デメリットで語るのが問題なのは、そういった将来を見据えることを放棄して(せいぜい5年とかくらい?)、「今自分たちにお金がないから安く買いたい」「今自分たちの製品の売り先が少ないから、もっと広く売りたい」という点でしか判断をしていないことです。

 

一言で言えば、今の自分達の金勘定でしか考えていないということが問題なのです。

 

確かに100年先、200年先の未来を予測することはできません。それは事実です。

ですが、どのように転んでも対応できるような基礎構造を作り上げておく、ことは可能です。

分かりやすい例で言えば、津波に対する防波堤です。 

東日本大震災が起こる前に、大地震に伴う津波対策として巨大な防波堤を築こうとしましたが、某元女性タレントの議員が「1,000年に一度起こるかどうかの津波のために、こんなものにお金を掛けるのは無駄だ」と言い放ちました。

ですが、実際その数年後に大地震は訪れた訳です。

確かに、1,000年に一度となればいつ起こるのかを予測することはできません。ですが、もしものことが起これば取り返しがつかない事態になるということを私達は教訓として学んだ訳です(正確に言えば、昔の人はちゃんと教訓を残してくれていたのに、現代人が無視していたわけですが・・・)。

 

未来を予測することはできない。だが、起こり得る事態を考えることはできる訳です。数少ない事案の中から未来を予測し、その危険を回避する方策を探ることができる。それこそが人類の知恵なのです。

であればこそ、日本と海外諸国との関係性において私達が考えるべきは「今の自分たちにとってのメリット」ではないはずです。将来起こり得る危険性を考えた上で、どういう国であるべきかを考えることこそが重要なのではないでしょうか。

 

 

今回のEPAのように経済的…というよりも金銭的なメリット、デメリットでしか物事を測れなくなっている想像力の欠如こそが問題の根幹にある。私はそのように思うのです。

 

今回も長文を最後までお読みいただきありがとうございました😊