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ラジオ番組「安部礼司」リニューアル不評の原因。日曜の黄昏時に大人が求める物語とは?

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皆さん、「NISSAN あ、安部礼司 〜Beyond the Average~」というラジオ番組をご存知でしょうか?

TOKYO FMをはじめ、JFN37局で放送されているラジオ番組です。

 

 

内容をざっくり説明すると

 

この物語は、ごくごく普通であくまで平均的な43歳の安部礼司がトレンドの荒波に揉まれる姿と、それでも前向きに生きる姿を描いた勇気と成長のコメディ。 日曜の黄昏時、若さと渋さの間で揺れる昭和生まれのアナタに贈る『鼻歌みたいな応援歌』を、ツボな選曲とともに送るラジオドラマ

  

です。

今年で13年目なのですが、ラジオ番組でこれだけ続いているというのは異例。

それだけ人気の高い番組ということでしょう。

 

が、しかし。

そんな安倍礼司に最近暗雲が垂れ込めています。

 

原因は2ヶ月ほど前に行われた内容のリニューアル。

主役級のキャラが突然いなくなったり、主人公の奥さんが消息不明になったりしてキャストも変更。

番組の編成も大幅に変わり、第一回放送後にはYahooの急上昇ワードの上位を安倍礼司関連のワードが独占するなど、正に大炎上に発展しました。

 

私もそうだったのですが、多くのサラリーマンがこの番組を聴いてちょっとほくそ笑んで「明日からまた仕事始まるけど、ま、何とかなるだろ。頑張ろう」という元気をもらう、そんなカンフル剤的な役割を期待していたのです。

 

そんな良い意味での「お約束」が、このリニューアルによって覆されたことに、多くのファンが怒りを感じたのでしょう。

 

 

では、この人気番組がなぜそこまで面白くなくなったのか。

「面白い、面白くない」が主観に過ぎないとすれば、なぜ支持を得られなくなったのか。

その理由ついて考えてみたいと思います。

 

 

そもそもなぜ「あ、安倍礼司」という番組が、これほど支持されていたのか?

 

基本的にこの番組のターゲットは、いわゆるサラリーマンです。

特に高給取りでもなく、資産家とか金融業で儲けてるとかでもなく、いわゆる「平均的なサラリーマン」(もちろんOLも含みますが、ここでは便宜上サラリーマンとさせて頂きます)。

 

そのサラリーマンにとって日曜日の17時からという時間帯は、週末の休みから醒めて、翌日からの仕事に備え始めるタイミング。

 

この平均的なサラリーマンの悲哀と喜びを楽しく描く番組は、丁度そんなサラリーマンの「夕暮れ時の憂い」にぴったりとはまるのでしょう。

しかも、その中で流れる音楽が30代、40代の人たちが青春のほろ苦さを思い出すのにぴったりな選曲であり、彼らの憂いを少しだけ解消し、翌日へのエネルギーを与えてくれるような、絶妙な選曲でした。

 

 

そう考えると、この番組が支持されていたのは若さだけでは乗り越えられない悩みや辛さを抱えるサラリーマン。

しかも、30代、40代という誰かに気軽に相談するにはちょっと経験を積みすぎている妙齢のサラリーマンに共感を呼び起こす

 

・理想と現実の間でもがくサラリーマンの葛藤

・楽しい思い出とほろ苦い思い出

・社会で注目されている用語が取り入られ

・ちょっと泣けるけど最後は笑って終えられる安心感

 

などを絶妙なバランスで表現した、巧みなシナリオと構成力が肝だったのではないでしょうか。

 

 

そのように考えると、リニューアル後の安倍礼司が全く支持されていない理由が見えてきます。

 

 30代、40代にもなってくると、なかなかただ笑える、ただ悲しいという内容だけでは、彼らの共感を得ることはできません。

 

やはり、

 

笑いの中にも悲しさが、

 

逆に悲しさの中にもちょっとした笑いが 、

 

上司と後輩の間に挟まれるもどかしさ

 

人の成功への羨望と嫉妬

 

そのような相反する感情の中でもがくような苦しい心情を描く表現があってこそ人の心は動かされるのです。

特に30代、40代になり、様々な立場や人間関係による自分の志だけで動くことが難しくなってくる世代には尚更です。

 

 

当然そのような複雑な感情の動きを描くには、それなりに丁寧な描き方が必要とされます。

しかも、日曜日の黄昏時という時間を考えると、やはり誰もが前向きになれるような楽しさを最後には提示しなければ、エンターテイメントとしては成立しません。

 

その時々のテーマやシチュエーションの設定もそうですが、登場人物のセリフや性格、他キャラとの掛け合いなど、かなり細かい部分にまで配慮した絶妙なバランス調整が必要となります。

そのような物語を可能にするためには、人間を深く観察する能力と心情の動きを感じ取る鋭敏さ、そしてそれを皆が受け取りやすいように表現する構成力が不可欠です。

 

ですが、残念ながら今の「あ、安部礼司」の脚本にはそのどれもが決定的に欠けていると言わざるを得ません。

 

「理由ありげに後輩にきつく当たる先輩と、それに反感を抱く後輩。

実はそこには後輩を育てようとする先輩の隠された意図があった・・・。」

 

とか

 

「父親を傷付けるような態度を取る子供たち。

しかし、実はそれは父親の負担を軽くしようと子供なりに考えた結果だった・・・。」

 

とか。

 

まぁ、一言で言えば・・・

 

浅い!

浅すぎる・・・!!

 

そんな取って付けたような社内の人間関係や親子愛は存在しません!

人間というのはそんな単純にはできていないのです。

 

様々な人間が、与えられた環境の中で精一杯の努力をし、それでも必ずしも成果が出せるとは限らない。

時には他人に誤解されることもあるし、自分が他人を誤解することもある。

それでも人は一歩ずつ前に進んでいくしかない。その一歩が次の一歩になると信じて。

それこそが人間なのです。

 

そういう意味では、以前の「あ、安部礼司」は

 

「後輩の成功を心から喜んでいる自分と、それに比べて自分を卑下する自分がいる。

どちらも本当の自分なのに、その間でもがき、それを誰にも打ち明けられないもどかしさ。」

 

そういった自己矛盾を巧みなセリフ回しと声優の演技力によって、「単なる言葉」ではなく「感情を乗せる」ことで表現する・・・そのような婉曲表現によってこそ物語に深みがもたらされるのです。

 

リニューアル前にはそれが実現できていたからこそ、「あ、安部礼司」は13年というラジオとしては異例の長寿番組として生き残れたのではないでしょうか。

 

ただ一つ脚本家を擁護するとすれば、一話の持ち時間が短くなってしまったことでしょうか。

今まで基本的に1時間で1つの話だったのが、サザエさんのように3本立てになり、それぞれ別の脚本家が担当するようになったようです。

そのため一話ずつの時間が短くなってしまっています。一話当たり15分程度でしょうか。

 

実際、この時間制限がかなり厳しいと思います。

サラリーマンの苦悩を描くには時間が短すぎるのです。

 

ですが、やはりそれは言い訳でしかありません。プロであるならば「時間が短い」などという事は正当な理由にはなりません。

与えられた制限の中でどれだけの深い表現ができるのか。

それこそがアマチュアとプロフェッショナルの違いのはず。

 

昔からのファンから相当叩かれている「あ、安部礼司」ですが、何とかもう一度奮起してプロフェッショナルの力を見せつけて欲しいと思っています。

この苦難の先に「やはり安部礼司は面白い! 色々あったけど今回のリニューアルは成功だった!」とファンが認めてくれるような番組に仕上げてくれることを願っています。

 

今回も長文を最後までお読み頂きありがとうございました😆

そして、「あ、安部礼司」をご存知ない方は是非一度このラジオ番組を聴いてみてください。

・・・今はあまりおもしろくないかもしれませんが、きっと面白くなることを信じて!(笑)