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私がDA PUNPのISSAを舐めてた理由 〜ステレオタイプとの対峙〜

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昨日の投稿で私がDA PUNPとISSAを舐めていたことを書きました。

 

今日はその続きというか
 
「なぜ私がISSAを舐めていたのか」
 
の理由ついて書いてみたいと思います(*´∀`)
 
そして、その理由が私個人に限った話ではなく
 
「人間が社会の構造を理解する上で非常に大きな影響を影響を与えている」
 
という話に迫ってみようと思います。
 
あ、ちなみに迫ってはみますが、核心を外したらごめんなさい(*´∀`)。
ま、とりあえず行ってみましょう(ง •̀_•́)ง‼
 
 
さて、最初に書いたように、私はDA PUMPの新曲「USA」を聴くまで、ISSAを舐めていました。ただの「しくじり先生芸人」だと(笑)。
一番の理由は、お恥ずかしながら私自身が音楽をやっていて、アマチュアとしてはそれなりのレベルにまで達しているという自負があるからだと思っています。
 
まぁ、傲慢ですね。完全に。「お前、何様やねん!」っていう(笑)。
その傲慢さに対する批判は、ここでは一旦横に置いておいて・・。
 
ただ、面倒なことに、私自身はその傲慢さに対する自覚がないどころか下手に経験と知識がある分、
 
「自分の経験や知識と音楽に対するセンスを元にして客観的に判断した結果、ISSAは認められない」
 
と考えていたのです。
遠慮がちに言ったとしても「世界に何十億も人がいれば、何人か好きな人もいるだろう。物好きだな」程度だったかと思います。
 
でも、そんな偉そうなことを言いながら、私はそもそもDA PUMPをほとんど聴いたことがなかったのです。
 
ただ単に
 
・ちゃらちゃらした見た目
・ダンスミュージック
・ちゃらちゃらした電子音
 
という瞬間的なイメージだけでそう切り捨てていただけでした。
「こんな音楽聴かなくても分かる。聴く価値なんてない。」と。
 
つまり、DA PUMPやISSAを具体的に検証して判断した訳ではなく、見た目とダンスミュージックという一面だけを切り取り、自分の中にある枠組みに機械的に当てはめて、直感的に判断していただけだったのです。
 
多分、皆さんこう思いますよね?
 
「うわ、こいつ偏見強すぎww どんだけ了見狭いねんwww」
 
って(笑)。
 
ええ、全くその通りでぐうの音も出ません・・・m(_ _)m
 
 
ただ、です。
ただ、ですね・・・。
皆さん、そういう経験一度はあるんじゃないでしょうか? ( ̄ー ̄)ニヤリ
 
無意識の内に「これはこういう物だ」という思い込んで、直感的に判断してしまったことが。
 
実はこれはどんな人間にも当てはまることだと、ある人が言っています。
その人の名はウォルター・リップマン。20世紀初頭に活躍したアメリカのジャーナリストです。
 
彼はその事を
 
「人間は物事を見てから定義するのではなく、定義してから物事を見る」
 
という言葉で表現しました。
 
そして人間がこのような定義をしてしまう構造をステレオタイプと名付けたのです。
みなさんも一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。
 
実は、私はこのステレオタイプという言葉は「偏見」という意味だと思っていたのですが、どうも違うようです。
リップマンによるとステレオタイプとは
 
国や地域の歴史や伝統、規範に基づいて作り上げられた社会を理解するための理論体系
 
のことだそうです。
 
すごく簡単に言うと「個人の世界の見方」と言っても良いかと思います。
 
言われてみれば当たり前なのですが、どんなに優れた人間でもこの世界で起こる全ての事象を何十億という人間、全ての立場や考え方に合わせて理解できる訳ではありません。
多少客観的な見方はできるかもしれませんが、ほとんどは自分が生きてきた地域や文化、そして言語によって育まれた規範から逃れることはできません。
あるいは、仮に同じ地域に生まれたとしても、生まれた家庭の経済環境などによってもその規範は変わってくるでしょう。
 
そうなると人間が理解しうる世界とは、自分が見える範囲の世界でしかなく、さらにそれすらも自分の中にある規範によって説明ができる形・・・つまり、自分にとって都合が良い形でしか理解できない、ということになります。
 
したがって、リップマンによると全ての人間はステレオタイプから逃れることはできません。
自分ではどんなに客観的に物事を見つめているつもりでも
 
「人間は物事を見てから定義するのではなく、定義してから物事を見ることしかできない」
 
のだそうです。
 
私はこのリップマンの言葉に衝撃を受けました。
 
ほんのつい最近まで私は、
 
「色々な知識を仕入れたり、色んな価値観に接することで、完全に客観的な判断はできないまでも、それなりに色んな人の立場を考慮した理知的な判断は可能なはず」
 
と思っていました。
 
ですが、リップマンによればそれは大きな勘違いということになります
 
ステレオタイプが人間が世界を理解するための理論体系であり、そのステレオタイプを用いることで世界を理解しているのであれば、ステレオタイプから逃れることは誰もできない。
図らずも私は今回の(私の中での)「ISSA事件(笑)」によって、そのリップマンの主張を自分自身で証明してしまったような気がしました。
 
ただ一方で、この事はそんなに自分を卑下するようなことではない、ということもリップマンから教わりました。
リップマンは「人間は結局ステレオタイプから逃れることはできないんだ。自分の勝手な解釈でしか判断できないんだから、立場が違う人のことを理解するなんて無理だ」と言っている訳ではありません。
 
彼が言っているのは
 
大事なことは「どんな人間であってもステレオタイプから逃れられないという事実を知ること」だと。
 
それがちゃんと分かっていれば、異なる見方や考え方、そして価値観の人に相対した時にも、
自分と相手のステレオタイプという"世界を理解するための理論体系"がどのように違うかの差異をしっかり検証し、その差異を補正することでお互いにとって好ましい結論を導くことが出来る
 
と。
 
このリップマンの主張は、人間の物事の見方に対する冷静な分析と深い理解に基づいたもので、非常に示唆に富んでおり、私達がどのように周りの人々と自分の意見の整合性を図っていけば良いかを示してくれるものです。
 
その詳細をここで全部説明することは難しいので、また別の機会に投稿しようと思います。
ただ、今回の私の恥ずかしいISSA事件(笑)をご紹介することで、実は人間誰しもがステレオタイプによる誤った判断をする可能性があること。
しかし、それと同時に人間にはそれを乗り越える力もある、ということを少しでもお伝えすることができれば・・・・と思い投稿しました。
 
今回も長文を最後までお読み頂きありがとうございました😆