Dive Into The World

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中国語で「ごめんなさい」は何て言うの? (本日の読書感想)

昨年中国に出張した時、現地の日本人スタッフにこのタイトルと同じ質問をしました。その時返ってきた答えは・・・・
 
「中国語でごめんなさいって言葉ないんじゃないかなぁ。」
 
でした(゚д゚)
 
3人位のスタッフも一緒にいたのですが、「私も聞いたことないですね〜」「(中国語会話でも)習ったことないなぁ」「"今のは良くなかったね"みたいな表現はありますけど・・・」とのことでした(笑)。
中国語と一言に言ってもものすごく沢山の方言がありますので「絶対ない」という訳でもないと思います。ですがが、7年中国で働いている人間が聞いたことないって凄いですよね。欧米人もあまり謝りませんが(少なくとも仕事上は)、"聞いたことすらない"というのはなかなかだなと。
 
その点ご存知の通り日本人はよく謝ります。「ごめんなさい。」「すみません。」を言わない日ってないんじゃないでしょうか。
また、欧米人はよく「Thanks」「Thank you」と言います。文字にすると全然違いますが、実際話していると「ああ、これって日本人の"すみません"とすごく似てるなぁ」と思います。日本人の場合は「気を遣わせてすみません。」ですけど、欧米人の場合は「気を遣ってくれてありがとう」と言っているだけで、別の人から受けた配慮への気遣いという意味ではとても似ていると思います。
 
でも、その一方で「やっぱり全然違うなぁ」と思うこともあります。例えば英語の「I」と日本語の「私」の違いです。
仕事柄日本語から英語への翻訳作業が多いのですが、その度にこの「I」と「私」の違いというのをよく感じます。
という訳で、今回のお題はそんな日本人と欧米人の言語や世界観の違いを取り上げた本「"みっともない"と日本人 (榎本博明)」の感想です。
※イントロ長くてすみません(_ _;)
 
普段日本語でのやり取りだと特に感じないのですが、英語でメールを書いていると日本語がいかに「主語抜き」でコミュニケーションを成り立たせているのかが身にしみます。この本の中でもそのことが取り上げられており、欧米人と日本人の価値観の違いが如実に表れている例だと筆者は言っています。
 
英語では「I」の一語でいつの時代でも、どんなシチュエーションでも「I」は「I」です。
一方、日本語では「私」の他に、「僕」「俺」「私(わたくし)」あるいは現代ではほぼ言いませんが「拙者」「妾(わらわ)」、また子供や孫に対しては「お父さん」「お母さん」「おじいちゃん」「おばあちゃん」など様々な一人称があります。
さらに、そういった主語がなくても会話が成立する場合が多いのも日本語の特徴です。
 
筆者はここに「どんな時も自分の意見を主張する欧米人」に対して、「自分が何者であるかは状況や時代、相手との関係性の中で千変万化する日本人」という対比を見出します。それは他者と切り離された「個」を生きる欧米人と、他者との関係性つまり「間柄」で生きる日本人という社会との関わり方の現れと言えます。
 
これは「私」という言葉だけでなく、日本語という言葉全体にいえることで、私たち日本人が大切にしていることが個の主張ではなく、相手の立場を尊重してその意見をくみ取りつつ、自分の意見との折り合いをつけられる形で自分の主張をすることだということを表しています。
 
こういう姿勢は「日本人は主体性がない」という言葉で非難されますが、筆者は積極的な関わり方が重要となる今の世界では、むしろこの姿勢こそが他者との共生、異文化との共生という意味でこれからの時代に非常に適しているのではないかと説きます。
 
ここからは私の考えですが、ここ暫く「日本人的価値観」に対して2つの考え方が広まっていると思います。
一つは、グローバリゼーションの拡散とともに、欧米の価値観や考え方が進んでおり、日本人が遅れているかのような風潮。そしてもう一つは、それに対して「いやむしろ日本の価値観が優れているんだ」という日本の良さを再認識しようという風潮です。
 
私はどちらかと言うと後者の考え方に近いですが、とは言え最近巷で散見されるような「実は日本的な価値観こそが優れている」というような行き過ぎた考え方はどうかと思います。
どちらが優れているというような話ではなく、この本で筆者が説くようにお互いが違う文化であり、それぞれ尊重し合うべきであることをしっかり理解すること。その上でお互いが共生できる道を探っていくことこそが重要ではないでしょうか。
 
そして、その共生の道を探るのに相応しい方法を、我々日本人は先人たちが蓄積してきた日本的価値観の中に持っています。当たり前ぎてなかなかその事に気付くのは難しいですが、今一度そのことを思い出してこれからの時代を生きる方策を一人ひとりが見つけていくべきではないでしょうか。
 
そんな”近すぎて分かっていない”日本人的価値観を再認識するには良い本ではないかと思います。